近くて暖かい台湾(1)(2019/01/14)
目次
台北
始めて訪れた台湾の街は東海岸の花蓮でした。羽田から台北までおよそ3.5時間のフライトです。成田まで行かなくても羽田から行けるのがいいですね。夕方までに台北に入り一泊して翌朝列車で花蓮に向います。
花蓮へ
先方の会社のスタッフの方とホテルで落ち合い、台北駅から花蓮駅まで特急列車でおよそ2時間半あまりで着きました。もう少しかかるかと思っていたのですが予想外に早かったです。山間地を走る区間が多くちょうど日本の夏の列車の旅を思い出しました。
長いトンネルを抜けて東海岸に出ると断崖絶壁が海まで迫る風景に変わります。台湾は西半分は比較的平野が広がっているのですが、東半分は高い山が太平洋まで迫っていてこれがまた何とも言えない美しい景観を形作っています。やがて花蓮到着です。
花蓮への移動方法
花蓮へ行く方法は列車のほかにも、台北,羅東間を高速バスで行き羅東から列車で花蓮まで行く方法があります。バスと列車がセットになった切符が便利のようです。もう一つは1日2往復の飛行機で台北松山空港から花蓮空港まで行く方法があります。いずれも台北から日帰りで行くことが出来ます。
台湾は大きな支援をしてくれた
東日本大震災
東日本大震災が2011年3月に発生して日本に甚大な被害を及ぼしたばかりでなく太平洋を囲む国にも大きな被害を発生させました。記憶に新しいところですが、この災害に対して台湾の2300万人の方々は早速250億円とも言われる義援金を贈ってくれました。この金額はアメリカを除けば突出した大きさでした。私たちはこのこと決して忘れることは出来ません。
その他の災害にも
東日本大震災だけでなく、その前に起こった1995年1月の阪神・淡路大震災や2012年7月の熊本水害、2016年4月の熊本地震、岡山県の水害などに義援金を送って貰っています。私たちはこのような支援をしてくれる優しい気持ちを決して忘れることはありません。
花蓮の大地震
花蓮と言えば余り知られていないかも知れませんが、マグニチュード6.4、台湾基準の震度7の大きな地震があった街なのですね。2018年2月のことでした。17人の人が死亡、ビルが倒壊するなど大きな被害が出ました。日本からも救援隊派遣されました。
台湾と日本は同じフィリピン海プレート上にあり地震ついては両者は非常に似た条件下にあります。1999年9月には台湾中部大地震が発生して2000人以上の方が亡くなられました。災害発生の度に義援金や救助隊、支援物資などを相互に送りあっています。
日本と台湾との素晴らしい友好の絆は今日までずっと続いています。
花蓮
花蓮の街
花蓮は台湾東部では最も大きな街です。西側にある中央山脈が海岸まで迫り美しい景観を見せています。大理石の世界的な産地として知られて、綺麗に加工されたお土産品が観光客向けに売られています。漁港があり新鮮な海産物も楽しむことが出来ます。ホテルも充実しているので周辺の観光地へ拠点ともなっています。
花蓮の石灰石
花蓮地区周辺に石灰岩である石灰石や大理石などが大量に存在すると云われています。花蓮には大理石を加工する工場が沢山あります。玉石や装飾品、壺壺、動物などの置物などを造り販売しています。石灰石はセメント製造用、製鐵用、ガラスの製造用などとして大量に使用されています。
石灰石を使った世界の建築物
また大理石の石材としての用途は建築材料としての利用です。大理石で出来た建造物としては皆さんよくご存じの古代ギリシアのパルテノン神殿、ローマのコロッセオ、インドのタージ・マハルなどがありますね。
花蓮に来た目的はこの石灰石が有効利用出来ないかということでした。現地のスタッフの方たちと話し合ってみました。
花蓮の観光スポット
午後は目的の仕事を済ませて、あまり時間がないのですが市内をぐるりと一回りして同じく列車で台北に戻りました。花蓮の海岸では,山並みが急峻な崖を形成して海に迫る風景には見惚れてしまいます。
太魯閣渓谷
花蓮に来る多くの観光客の方が行かれる台湾屈指の景勝地と言われる太魯閣には時間が無くて行くこと出来ずに残念でした。
日本からの移民
花蓮県や台東県には明治時代から始まる日本統治時代(1899年~1945年)に農業の遅れたこの地区に日本の農家から移民としてやって来ました。農業を実践しながら周りに日本の農業を普及することでした。各地に移民村ができましたが、それぞれ出身村名を冠した吉野村や豊田村が良く知られています。
花蓮市の近くにはよ旧豊田村があり当時の面影を見ることが出来るとのことでしたので是非行って見たいと思いましたがこれも叶いませんでした。
先住民の伝統文化を見たい
また花蓮県や台東県など台湾東部にはアミ族やパイワン族などの先住民族の方たちが多く住んでおれれて独得の民族文化を継承しています。花蓮に行ったらぜひアミ文化村を見てみたいところです。
まとめ
台湾は日本から近くて気候も暖かく気持ちの上でも親しみの持てる国と思ったこと
大きな災害が起こるたびに義援金や支援物資を送ってくれる気持ちに改めて感謝したいこと
明治時代から交流があったこと
台湾は近いので機会を見つけてぜひもう一で来たいと思ったこと
などです。
この項はあと1回続きます。最後までご覧いただきまして有難うございます。
参照:データで見る東日本大震災の台湾からの義援金250億円 こちらhttps://www.nippon.com/ja/features/c04918/