現役を引退したじじいだよ、あだ名はロン、まだまだ元気なので気張って書いているよ

偉大な土木技術、ローマ水道

2020/01/25
 
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古代ローマ

 

古代ローマとは、普通イタリア半島中部に位置した多部族からなる、都市国家から始まり、領土を拡大して地中海世界の全域を支配する世界帝国までになった国家の総称とされています。

 

ローマ市民による共和政成立から476年のロムルス・アウグストゥルスの退位をもって古代ローマの終焉とするのが一般的であります。

 

古代ローマの領域の変遷

 

ローマ水道

 

ローマ水道とは、紀元前300年ころから3世紀にかけて古代ローマで建築された水道で都市に水を供給するために多くの水道が建設されました。なかでもローマでは最大で500年間に11系統の水道が造られ供給されていました。

 

古代都市ローマ内の水道の長さを合わせると350キロメートルにも及びその内地上部分は47kmで残りは地下を流れていました。地下を通すことにより動物による汚染や敵の攻撃を避けることが出来ました。

 

地下水道で最も長いものはカルタゴ(現チュニジア)にあるハドリアヌス水道でなんと長さ141kmにも及ぶと言われています。

 

ローマ水道の精度

 

重力によって水を流すために水道の傾斜が重要になります。規格は1/3000の傾斜です。つまり1kmあたり34cm下がる勾配で、この傾斜を数10kmにわたり維持して水路を造ることはかなりの技術と経験が必要だったと思います。土木技術の高さには感心します。

 

さらに窪地や谷間、川などを跨ぐにはアーチ構造の「水道橋」を造り上部に導水渠を造って水を流しました。適当な間隔で不純物ろ過用の沈殿槽や末端近くでは水を分ける分配槽などが造られました。水道橋で一番高いのはフランス、ガルトン川に架かるポンデュガールで水面から49mの高さがあります。

 

また水を高い場所へ上げるときは「サイフォンの原理」を利用して山などの高所を通過して水を流しました。このサイフォンの原理は今日の上下水道の配管にも利用されていますし、身近かな生活にも利用されています。

 

トルコのローマ水道

 

アンカラ

 

古代ローマ水道に興味を持ったきっかけは初めての海外出張でトルコ、アンカラのエセンボーア国際空港から市街地へ入る地点にあった水道橋を車から垣間見た時からです。

 

アンカラ市街地入口にあるローマ水道

 

走行中の車から撮影したので解像度が悪くて申し訳けありません。この水道の名称や建造時期など調べてみたのですが良く判りませんでした。筆者のブログ「魅惑の国トルコ(2)」2019/03/06 をご参考までに見て頂ければ有難いです。

 

イスタンブール

 

イスタンブールのヴァレンス水道橋

 

イスタンブール旧市街の中心部にあるヴァレンス水道橋ですがご覧になられた方も多いと思います。全長551kmに及ぶウァレンス水道の最末端部分でファーティフの丘とエミノニュの丘の間に架けるられて
いて現存部分は約800mあります。完成時期は373年と推定され時の皇帝ヴァレンスの名前を採ったと言われています。

 

エフェソス遺跡

 

エフェソス遺跡近くの水道橋

 

エフェソスはトルコ西部の小アジアの古代都市で、現在のイズミル県のセルチュク近郊に位置しています。エフェソス遺跡は2015年に世界遺産に登録されています。アルテミス神殿、セルシウス図書館、ローマ時代の劇場跡、聖母マリアが余生を送ったと言われる建物『聖母マリアの家』などがあり観光客に人気のスポットとなっています。イズミルから近く多くの観光ツアーが用意されています。

 

ティアナ

 

ティアナのローマ水道

 

ティアナはトルコの中央アナトリアのニーデ県カッパドキアのアナトリア地域の古代都市です。

 

アスペンドス

 

その他にもアンタルヤから日帰りツアーで行けるアスペンドスの遺跡群にもローマ水道橋の遺跡があります。ローマ円形劇場、コラムロード、アゴラ、ディオニュソス寺院、博物館(旧トルコ風呂)、アポロ神殿などの遺跡があります。

 

イスラエル

 

イスラエルの地中海沿岸にCeasareaにも古代ローマ水道の遺跡が残されています。写真はこちらをご覧ください。

 

フランス

 

ポン・デゥ・ガール

 

ポン・デゥ・ガールの水道橋

 

フランス南部・ガール県のガルドン川に架かる水道橋であるポン・デュ・ガールはあまりにも有名です。古代ローマ時代・紀元前19年頃にユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にある水道橋で、アウグストゥス帝の腹心アグリッパの命令で架けられたと考えられています。

 

ニームへの導水路は全長約 50 km、平均斜度は1kmあたり 24.6cmで流水量は1日約2万㎥。3層構造で
下層は6つのアーチから成り、長さ 142m、幅6m 、高さ 22m、
中層は11のアーチから成り、長さ242m、幅 4m、高さ 20m、
上層の導水路は35のアーチから成り、長さ275m、幅 3m、高さ 7m
から構成されています。1985年にユネスコ世界遺産に登録されています。

 

スペイン

 

 

メリダ

 

メリダのロス・ミラグロス水道橋

 

メリダはスペインの南西部ポルトガルに近いところにあり紀元前25年にアウグストゥス帝の命により造られた街で現在は人口6万人のエストレマドゥーラ州の州都となっています。この街には数多くのローマ建築を残していて遺跡は世界遺産に登録されています。この水道橋もその一つです。人が通行する現役の「ローマ橋」もあります。

 

セゴヴィア

 

セゴヴィアの水道橋

 

セゴヴィアの旧市街は長くて狭い高台の上にあります。ここに大聖堂、古代ローマの水道橋、アルカサル古城などの名所があり、丘の下には田園風景が広がっています。セゴヴィア旧市街と水道橋は1985年に世界遺産に登録されています。

 

セゴヴィアの水道橋は紀元1世紀ごろに造られた水道橋。スペインの水道橋としては最大の規模。全長 728 m に及ぶ。

 

この水道橋は保存状態が良くて「アルカサル」「セゴビア大聖堂」と共に評価が高いようです。マドリードからは高速鉄道で30分とアクセスが良くて最大の人気観光スポットの一つになっています。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

 

ポルトガル

 

ヴィラ・コンデ

 

ヴィラ・デ・コンデの水道橋

 

ポルトガルの北部の大西洋に面した人口約8万人の街ヴィラ・デ・コンデにあるローマ水道です。

 

イギリス

 

 

バース

 

イギリスの西部でブリストルから24km内陸にバースという人口約9万人の歴史的な街があります。2世紀頃にはローマの支配下で温泉の街として発展した。当時のローマ浴場は博物館となり人気の観光スポットになっています。また郊外にはこの街へ水を供給したと思われるローマ水道があります。「trip note」の「世界遺産の街バースを巡る旅」をご参照ください。

 

チュニジア

 

カルタゴ

 

ザグーアン水道橋

 

2世紀にカルタゴ(現チュニジア)に作られたハドリアヌス水道は水源地からカルタゴまで141kmの長さがありローマ水道の中では最も長いと言われています。ハドリアヌス水道は大部分が地下を流れているので地上の橋の部分は「ザグーアン水道橋」と呼ぶのだそうです。現存する部分は約20kmでまだ現役で使用されています。写真はこちらをご参照下さい。

 

その他にも古代ローマ時代の遺跡として凱旋門やローマ劇場跡も残されています。

 

イタリア

 

ローマ

 

ローマでは前述のように紀元前300年頃から3世紀までのおよそ500年間に11系統の水道が造られました。その中で送水量が2番目に多いマルキア水道と標高差と送水量が最も大きい新アニオ水道について見てみたいと思います。

 

マルキア水道橋

 

BC144年からBC140年に建造、1586年にマルキア水道の多くの部分を活用する形でフェリクス水道として再建され現在も利用されています。

 

新アオニ水道橋

 

38年に建設を始め、約14年間の工事の後に52年に完成。クラウディア水道と同時に工事が進められ水道橋の橋脚など一部の施設をクラウディア水道と共用している。

 

名称建築年全長
(km)
高さ
水源地 (m)
高さ
ローマ (m)
送水量
(m³/D)
マルキア水道前144 - 前14091.3318 59 187,600
新アニオ水道38 - 5286.8400 70 189,520

 

ヴァンヴィテッリの水道橋

 

ヴァッレ・ディ・マッダローニの街にあるヴァンヴィテッリの水道橋はナポリ王カルロ7世の命令により建設された。1753年3月に建設開始、1762年5月7日に完成。ローマ建築を模範に建設された。水道システムの全長は38キロメートルその大部分は地下に建設、529メートルの長さで最も高いところは55.8mの水道橋が、良好な状態で保存されていて世界遺産に登録されています。

 

まとめ

 

  • 古代ローマの遺跡は数多くありますが、ここでは「ローマ水道橋」に絞って見てみました。古代ローマ帝国の成立から滅亡までの500年間にローマ人は大都市には都市の生活に必要な水を確保するためにいわゆるローマ水道を建設しました。

 

  • ローマ水道の遺跡が存在する場所から、かってのローマ帝国の勢力が及んでいた領域を知る一つの方法となるのではないかと思います。最盛期にはイギリスを含む西ヨーロッパから北アフリカ、東欧、中東地中海沿岸を中心にした広大な領域を誇っていました。

 

  • まず感銘するのは水道建設に関わる技術水準の高さです。長い水路では山あり谷ありの100kmを超える距離を1/3000の勾配を維持しながら水源地から市街地まで導く土木建築の技術には驚くばかりです。

 

  • 橋を造るにはどうしても下図の例のように高所作業が必要となります。

 

ローマ水道橋建設工事の例(出典 Pinterest)

 

数十メートル高さに重量のあるレンガや石材を持ち上げるには滑車を使いました。今日のクレーン
車と同じ原理ですが当時は動力は人力でした。

 

  • またレンガや石材を固めるセメントや火山灰を利用したコンクリートの発明は画期的でした。いわゆるローマン・コンクリートと呼ばれるものです。ローマのパンテオンはローマン・コンクリート建築として有名でありBC25年に建造された内径43m、天窓の直径9mという巨大建築物である。有名なコロッセオやカラカラ浴場、マクセンティウスのバシリカ、トラヤヌスの市場などもローマンコンクリート造りとなっています。

 

  • 東洋大学理工学部教授の中川良隆氏の講演「ローマ水道が世界帝国を作った。そして江戸は?」2014-4-23、イタリア研究会は興味深く拝見しました。ローマ水道の技術がいかに素晴らしものであったかということを具体的な例を挙げて説明されています。こちらからどうぞ。

 

  • とくに時代は2000年の違いがありますが、同じ100万都市のローマと江戸と比べて後発の江戸がとても及ばないほどの高い技術をもって水道水を供給していたかを判り易く説明されています。興味のある方は是非ご覧になってはいかがでしょうか。

 

  • 多くの方がツアーなどで「古代ローマの遺跡」を見学に行かれる」わけですが、凱旋門とかローマ劇場とか何かテーマを決めて各地の遺跡を見学すると一段と興味が沸き旅行が面白いものになるのではないかと思いました。土木や建築について全くの素人の筆者にとっても全く興味が尽きません。

 

最後までご覧いただき有難うございます。

 







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